銀座 庵(いおり)で学ぶ江戸の酒と食

活動報告

■『江戸の夏』その2 貴重品だった醤油

2019-08-09

江戸時代のお酒と料理を学んで楽しむ限定イベント『銀座 庵で学ぶ江戸の酒と食』の第1回が2019年7月13日(土)、『江戸の夏』をテーマに行われました。ナビゲーターは、日本酒プロデューサーの上杉孝久さんと『食卓をつなぐ会』代表のうすいはなこさん。ご機嫌な宴は、まだ先付が終わったばかり。体験記その2は、小鉢から始まります。

貴重品だった醤油。代わりの調味料は?

 小鉢は『鰺の酒ぬた』。東京湾でとれた江戸前のアジを使ったぬたです。「江戸時代の初期には、ぬたは酒粕で作るものでした」と、料理人のうすいさん。酒粕と味噌をあわせた味付けは、豊潤な旨みがありました。ぬたと言えば、酢味噌で作るものだとばかり思っていたので、これは新鮮な味わいでした。

 次にお椀です。『冬瓜の梅わさび みそ清し汁』が配膳されました。うすいさんの説明を聞きましょう。

 「昔はお醤油は高価でした。特に江戸初期はお醤油がまだ一般的ではなくて、昭和40年台になって、初めてお醤油の値段はお米よりも安くなったんです。それは早く作る方法がみつかったからで、それまでのお醤油は最低でも1年かかってつくるものでした。お醤油が貴重品だった中、江戸の人たちはすっきりしたお味噌汁を飲みたいと思って、いろいろ工夫しました。そのひとつが、味噌汁を布で濾して、すまし汁を作る方法です」。

 外見は、赤だしの味噌汁のように、濃厚な赤茶色の清し汁です。でも、一口すすってみると、味噌の香りがしっかりあるものの、味わいは案外すっきり。意表を突かれました。

 お酒は山形県寒河江市の千代寿虎屋が造る純米江戸原酒『蜀山人』。上杉さんは「これが江戸時代のお酒を一番再現しているお酒です」とアナウンス。地元の酒米を使い、精米80%でなるべく酸を強く出し、3年間寝かしたお酒だそうです。「お椀と合わせると、なんとも絶妙なバランスになります。お酒の色にも、ぜひ注目してください」とのこと。確かに、白磁のお猪口に注がれた『蜀山人』は、かなり黄色いお酒でした。

 そんな『蜀山人』は、一口飲むとガツンとくるほど濃厚なお酒です。「江戸のお酒はハードです」という上杉さんの最初の説明が脳裏に蘇ってきました。でも、こんなにハードなお酒の残り香があるうちに、味噌が効いたお椀をすすると、これが不思議なんです。お椀が一段とすっきりした後味になりました。もちろん、旨味はきっちりと残っています。これが、絶妙なバランスというやつなのか-。

 ちなみに『蜀山人』は、江戸時代の一流文化人で狂歌師としても知られた大田南畝(なんぽ)の雅号です。酒を愛した南畝のイメージを重ねながら、江戸時代の酒を再現したのが『蜀山人』とのことでした。『蜀山人』は、地方の逸品を集めたお取り寄せサイト「47CLUB」でもお取り寄せいただけます。
 https://www.47club.jp/07M-000014/goods/detail/10035597/

■『江戸の夏』その2 貴重品だった醤油 ■『江戸の夏』その2 貴重品だった醤油 ■『江戸の夏』その2 貴重品だった醤油

■江戸っ子好みのお造りと下り酒の味わい

2019-08-09

今回のイベントは、単に江戸伝統のお酒と料理を味わうだけでなく、コの字型に配置されたカウンター越しに、ナビゲーターの上杉さんやうすいさんからお酒や料理についていろいろなお話しをうかがえることも大きな魅力です。例えば、上杉さんから日本酒とワインの違いについて、こんな話がありました。

 「きょうは、できるだけ旬の食材を使いたかったので、昨日、仕入れの内容をみて料理を決め、それに合わせたお酒を選びました。お手元の献立表を書き上げたのは深夜12時ごろです。一つの日本酒には、だいたい400種類のいろいろな酸が入っています。ですから、どんな料理とも合わせやすい」。魚介類や野菜をよく使う和食では、どうしてもその日のお客さまの人数や仕入れの内容によって料理を左右されてしまう。だから、お客さまをおもてなしする直前にメニューを決め、マリアージュさせるお酒を選ぶのがいい、と上杉さんは言うのです。この日限りの特別な食事会じゃないと、できない芸当でしょう。
 「でも、ワインだと、こういうお酒の選び方はできません。一つのワインには150種類ぐらいの酸しか入っていないので、料理の酸とピンポイントで合わせてマリアージュさせないと、どんなにいいワインや料理でも両方ともペケになってしまう。そこで、ソムリエが大事になります」。なるほど、料理の味付けとお店にあるワインを熟知したソムリエの存在理由はここにあるんですね。そして、日本酒はワインよりも料理に合わせるストライクゾーンが広いということですか。よくわかりました。

 さて、テーブルにはお造りがでてきました。『そげの酒浸し』です。そげとは、小ぶりの平目のこと。平目はもともと西日本で使われていた魚の呼び方だそうです。歯ごたえのある刺身は、煎り酒でさっぱりといただきました。
 「煎り酒は江戸時代で最高級の調味料でした。作り方はとても簡単です」。うすいさんがレシピを紹介してくれました。「おいしい純米酒を使い、弱火で煮詰めます。四合瓶のお酒を一合ちょいぐらいになったら、梅干しを三つ入れます」。作り方は簡単ですけど、お酒を4分の1になるまで煮詰めるなんて、ぜいたくな調味料です。
 煎り酒は本来、煮詰めたお酒に昆布や鰹節を入れて作ります。でも、うすいさんが選んだ煎り酒は、純米酒と梅干しだけのシンプルな味付けでした。その理由はそげの身がとても締まっていたから。「大きくなりすぎた平目は、江戸っ子は『大味だ』といって、あまり好きではなかった。そげのサイズがちょうどいいんですね」と、うすいさん。
 きょうのそげは東京湾に近い、茨城沖で捕れた小ぶりの平目とのこと。口に入れると、しっかりした弾力が感じられました。それを煎り酒ですっきりといただくのが『江戸の夏』の味覚なんですね。
 続いて、揚げ物は『天然鮎の南蛮漬け』。食材となった琵琶湖の小鮎には、上品な苦みがあって、これも日本酒が進む肴です。
 お酒は三重県伊賀市にある大田酒造の純米木桶仕込み『半蔵』が出てきました。『半蔵』は伊賀のヒーローである服部半蔵から名前を取った銘柄で、2016年の伊勢志摩サミットで各国首脳に振る舞われて有名になったお酒です。
 上杉さんが『半蔵』を江戸料理にあわせた理由は、木桶仕込みにありました。現代の日本酒の多くはスチールやほうろうの容器で酒を醸造しますが、江戸時代には大きな木桶でお酒を仕込んでいました。木桶で醸造するといろいろな酸が入りやすいので、仕上がりにばらつきがあり、複雑な味わいにもなるそうです。
 江戸時代の高級酒と言えば、なんといっても下り酒。灘をはじめ上方で造られた酒を船便で江戸に運んだため下り酒の呼び名ができました。「酒は杉の大樽に詰められ、船便で江戸まで運ばれました。運搬するうちに、杉香りが酒に移り、なんとも言えない良い香りの酒になりました。これが江戸っ子が愛した下り酒です」と上杉さん。そんな下り酒の魅力を木桶仕込みの『半蔵』で追体験する趣向でした。
 江戸の夏を堪能するお酒と料理を味わううちに、ほんのりと酔いが回ってきました。会場もすっかり打ち解けた雰囲気になったところで、口直しに『西瓜糖』をいただきました。砂糖をたっぷり使った冷たい甘味は、まさに口福を感じさせてくれました。
 終盤にさしかかった宴の様子は、体験記その3に続きます。

■江戸っ子好みのお造りと下り酒の味わい ■江戸っ子好みのお造りと下り酒の味わい ■江戸っ子好みのお造りと下り酒の味わい ■江戸っ子好みのお造りと下り酒の味わい

第1回『江戸の夏』体験記 その1

2019-07-24

江戸時代のお酒と料理を学んで楽しむ限定イベント『銀座 庵で学ぶ江戸の酒と食』の記念すべき第1回が2019年7月13日(土)、和やかに開かれました。このイベントは江戸の酒と食をテーマに、季節に合わせて全5回のプログラムが組まれています。初回のテーマは『江戸の夏』。したまちプロジェクトのメンバー、したプロ4号が体験記を報告させていただきます。

第1回『江戸の夏』体験記 その1

■江戸のお酒はハード

2019-07-24

会場となった庵(いおり)は日本全国の地方紙とともに各地の逸品を集めたお取り寄せサイト「47CLUB」がプロデュースする、銀座5丁目にある落ち着いた店構えの和食店です。
 このエリアは江戸時代には木挽町と呼ばれ、芝居小屋が立ち並んだ繁華街でした。明治になって首都機能の移転とともに京都・祇園から芸妓さんたちが東京に移り住み、新橋芸者として活躍したのもこのあたり。銀座の中央通りから少しだけ路地に入ると、いまも老舗の料理店や料亭が軒を並べています。江戸文化の粋と奥深さを身につけるには、絶好の立地です。
 ナビゲーターは、お酒の担当が日本酒プロデューサーの上杉孝久さん。ご先祖は謙信公という由緒正しい家柄のご出身です。料理の腕を振るうのは、『食卓をつなぐ会』代表のうすいはなこさんです。
 カウンター席に座ると、まず、うすいさんが「江戸料理はユーモアと丁寧さの積み重ねです。ぜひ、江戸時代の日本人が持っていたユーモアをおいしいお酒と一緒に楽しんでください」と話し、笑顔で迎えてくれました。
 上杉さんは「いまの日本酒はさっぱりして、香り豊かなものが多いですが、江戸のお酒はハードです。そこが江戸料理と合っています。江戸時代のマリアージュを感じてください」とあいさつ。
 早速1杯目のお酒として東京都千代田区にお店を構える豊島屋酒造の『江戸酒王子』が振る舞われました。

 江戸酒王子は東京都産の米と江戸酵母を使って都内で醸造された“オール東京”の日本酒です。漆塗りの杯に、正月料理のお屠蘇で使うような伝統的なお銚子で注いでいただきました。上杉さんは「お銚子はもともとこちらが本来の姿です。現代ではお銚子と徳利がごちゃごちゃになっていますね」と教えてくれました。江戸酒王子はさっぱりした仕上がりの純米吟醸酒です。私たちが飲み慣れている現代的なお酒からスタートして、だんだんハードな江戸のお酒の世界に踏み込んでいく趣向なのでしょうか。期待が高まります。

■江戸のお酒はハード

■先付 滋味あふれる四種盛り

2019-07-24

先付は『鰹の生利』『煮穴子』『そげのアラの煮こごり』『胡瓜と干椎茸の胡麻和え』の盛り合わせです。
 カツオは江戸時代には最も好まれた高級魚。特に初鰹は珍重されたそうです。「目には青葉 山ほととぎす 初鰹」とか「まな板に小判一枚初鰹」なんて川柳も有名ですよね。生利は、冷蔵庫のない江戸時代に、貴重なカツオを隅々まで残さずおいしく食べるために工夫された料理法です。うすいさんによると、この日の生利は「勝浦港で水揚げされた新鮮なカツオを蒸してから、さっと酢で洗いました。伝統的なレシピで調理しています」とのこと。箸をつけると、ぎゅっと凝縮されたカツオの旨みが口の中に広がって、市販品の生利しかしらなかったしたプロ4号には驚きのおいしさでした。
 穴子は江戸前寿司の定番ですが、「関西では焼き穴子が主流のため、大きく柔らかい穴子を使います。江戸前の穴子といえば煮穴子と天ぷらが主流で、あまり大きいものは使わず、シュッとした姿。最近は少なくなりましたが、今日は江戸前の穴子を探してきました」とうすいさん。細身の穴子を口に入れると、こらちも滋味がじんわりと広がります。
 胡瓜と干椎茸の胡麻和えはまさに江戸風のしっかりした味付けでした。干椎茸には旨みが詰まっていて、椎茸と胡麻の濃厚なジュースで口の中がいっぱいになります。そげは小ぶりの平目のことだそうで、夏らしいさっぱりした煮こごりでした。そげの身はお造りとして後ほど登場します。

■先付 滋味あふれる四種盛り

■ぬる燗の魅力

2019-07-24

お酒はぬる燗で振る舞われました。銘柄は千福で知られる広島県呉市の三宅本店から『神力生もと純米無濾過原酒85』。酒米は神力米という昔の酒造好適米を復活させたもので、伝統的な生もと造りでじっくり仕込んだお酒です。戦前は海軍御用達の酒蔵で、戦艦大和にも三宅本店のお酒が常備されていたそうです。精米歩合は85%。江戸時代から昭和まで、吟醸酒がブームになる前までは、このくらいの精米歩合が当たり前だったんですね。お酒をぬる燗で口に含むと、こっくりとした旨みを味わうことができました。

 「カツオの生利には、生のカツオとは違った歯ごたえと口の中にじわっとくる旨みがありますよね。その旨みがじわっときたところで、お酒をちょっと飲むわけです。そうすると、口の中がさらにじわっとくる。おいしいですよね」と上杉さん。

 ぬる燗で楽しむことには理由があります。「ひと手間をかけて、おもてなしをする。そういう気持ちは江戸時代から変わりません。だから、お客さまには、燗酒を出すのが当たり前でした」。

 それだけではありません。「いま日本全国でお酒を冷やしすぎています。あまり冷やすと、特に吟醸酒クラスはみんな同じ味になり、香りもわからなくなってしまいます。本来のおいしさがわかるのは、だいたい7度以上、吟醸酒だと10度以上でしょう。最近は個性を出そうとして、お酒だけを飲むと香りが立っておいしいけど、食べ物と合わせにくいお酒が増えています。そういうお酒とはまったく違う飲み方を楽しんでください」。

 カツオの旨みを味わいながら、ぬる燗をちびちび。次は江戸前のシュッとした穴子で、ちびちび。椎茸と胡麻でも、ちびちび。まさに飲んべえの幸せ、ここにあり(笑)。

 落語に出てくるような江戸時代の人たちも、こんな風に酒と肴のマリアージュを楽しんでいたのでしょうか。江戸文化って、本当に豊かですね。

■ぬる燗の魅力

■献立です

2019-07-24

上杉孝久さんとうすいはなこさんをナビゲーターに迎えた宴はまだ始まったばかり。これからの献立を一足先にご紹介します。

 小鉢『鰺の酒ぬた』
 お椀『冬瓜の梅わさび みそ清し汁』
 お造り『そげの酒浸し』
 揚げ物『天然鮎の南蛮漬け』
 口直し『西瓜糖』
 煮もの『いわしのすし煮』
 焼きもの『茄子のしぎ焼き 田楽風』
 飯もの 『こしょう飯』『江戸玉子焼き』『ぬか漬』『あさり味噌汁』
 甘味『玲瓏豆腐』
 
 日本酒もエッジの効いたセレクションになっていきます。

 続きは、体験記その2でご紹介します。

■献立です